リモートワーク下で部下の『キャリア停滞』を防ぐ:営業部長のための成長支援実践論
リモートワークが定着し、多くの組織で働き方が大きく変化しました。その中で、対面でのマネジメントに慣れていた管理職の皆様は、部下の成長機会の確保や、長期的なキャリアパスの形成支援について、新たな課題に直面しているかもしれません。
オフィスに集まっていた頃は、日々の業務を通じたOJTや、周囲との自然な会話の中から生まれる偶発的な学び、あるいは上司や先輩の働きぶりを見て学ぶといった機会が多く存在しました。しかし、リモート環境では、これらの機会が意図的に設計されなければ失われがちです。結果として、部下が自身の成長を実感しにくくなったり、「キャリアが停滞しているのではないか」と感じたりするリスクが生じ得ます。
VUCAと呼ばれる不確実な時代において、組織の成長は個々のメンバーの継続的な成長に強く依存します。リモートワーク環境下であっても、あるいはだからこそ、部下の成長を支援し、彼らが自身のキャリアを主体的に考え、前進できるよう促すことは、管理職にとって極めて重要な役割となります。
本稿では、リモートワーク環境下で部下の「キャリア停滞」を防ぎ、その成長を効果的に支援するための実践的なアプローチについて考察します。
リモート環境における部下育成の難しさ
リモートワークにおける部下育成には、いくつかの特有の難しさがあります。
- 非言語コミュニケーションの減少: 対面では察知できた部下の細かな変化や困りごとが、オンライン越しでは見えにくくなります。
- 偶発的な学びの機会の喪失: 同僚の隣で働くことによる学びや、休憩時間などの非公式な場での情報交換が減少します。
- OJTの形式化: 実践的な業務をすぐ隣で見せたり、一緒に作業したりする機会が減り、意図的に時間を確保して行う必要があります。
- 評価・フィードバックの偏り: プロセスが見えにくくなるため、成果のみに焦点が当たりやすく、成長に向けた行動や努力が評価されにくい場合があります。
- 組織文化・価値観の浸透の難しさ: 企業や部門が大切にしている価値観や働く上での暗黙知が伝わりにくくなります。
これらの難しさを理解した上で、リモートワークに適した育成手法を導入することが求められます。
リモート環境で部下の成長を支援する実践的アプローチ
リモート環境下で部下の成長を促進するためには、これまで以上に計画的かつ意図的な関わりが必要です。以下にいくつかの実践的なアプローチを示します。
1. 1on1ミーティングの質の向上
リモートワークにおける1on1は、単なる業務報告や進捗確認の場ではなく、部下の成長支援のための最も重要な機会となります。
- キャリア・成長に関するテーマを意識的に設定する: 業務の話だけでなく、「最近、どんなことに興味がありますか」「今後、どんなスキルを身につけたいですか」「どんな役割に挑戦してみたいですか」といった、中長期的な成長やキャリアに関する問いかけを定期的に行います。
- 部下の強みや興味関心に耳を傾ける: 部下自身がどのようなことに価値を感じ、どのような分野で能力を発揮したいと考えているのかを深く理解するよう努めます。
- 具体的なフィードバックを行う: 成果だけでなく、そのプロセスにおける部下の工夫や努力、発揮されたスキルについても具体的にフィードバックし、承認します。改善点についても、抽象的な指摘ではなく、次に何をどうすればよいか、具体的な行動レベルで伝えます。
- 上司自身の経験を共有する: 上司自身のキャリアにおける経験談や、過去の失敗談なども共有することで、部下が学びや気づきを得る機会を提供します。
2. 目標設定に「成長」の要素を組み込む
通常の業績目標に加え、部下の成長やスキルアップに焦点を当てた目標設定を意識的に行います。
- ストレッチ目標の設定: 現在の能力より少し上のレベルに挑戦する目標を設定することで、部下の能力向上を促します。
- スキル習得目標: 特定のスキル習得(例: 新しい分析ツールの使い方、交渉術に関するオンライン研修の受講など)を目標に設定し、具体的なアクションプランを共に考えます。
- プロセス目標の重視: 結果だけでなく、目標達成に向けたプロセスにおける新しい試みや学習行動そのものを評価対象に含めることで、部下が変化を恐れず挑戦できる環境を作ります。
3. オンライン学習資源の活用と推奨
リモートワークは、時間や場所の制約なく学習できるオンラインリソースの活用に適しています。
- 社内外のオンライン研修・セミナー情報の提供: 部下の興味や必要なスキルに合わせて、関連するオンライン研修やセミナーの情報を提供し、受講を奨励します。
- Eラーニングプラットフォームの活用推進: 会社として契約しているEラーニングプラットフォームがあれば、その活用方法を案内し、部下の学習計画に取り入れるよう促します。
- 書籍や専門情報の共有: 部署内で役立ちそうな書籍やオンライン記事などの情報を積極的に共有する仕組みを作ります。
4. 部署内での知識共有・勉強会の促進
リモート環境でも、チーム内での相互学習の機会を作ることは可能です。
- オンライン勉強会の定期開催: 特定のテーマについてメンバーが持ち回りで発表したり、新しい情報や成功事例を共有したりするオンライン勉強会を企画します。
- 非同期での情報共有ツールの活用: チャットツールや共有ドキュメントを活用し、業務に関する気づきや学んだことを気軽に共有できる文化を醸成します。
- ナレッジベースの構築: 業務マニュアルや成功事例、よくある質問とその回答などをオンライン上で整理し、誰でもアクセスできるナレッジベースを構築します。
5. プロジェクトアサインを通じた育成機会の創出
新しいプロジェクトや通常業務とは異なるタスクへのアサインは、部下にとって貴重な成長機会となります。
- 挑戦的な役割の提供: 部下の現在のスキルレベルを見極めつつ、少し背伸びが必要な役割やリーダーシップを発揮する機会を提供します。
- クロスファンクショナルなプロジェクトへの参加: 他部門との連携が必要なプロジェクトに参加させることで、視野を広げ、コミュニケーション能力を高める機会を与えます。
- アサイン後のフォローアップ: プロジェクト期間中や終了後に、部下がその経験から何を学び、どのように成長できたのかを振り返る機会を設けます。
キャリアパス形成におけるマネージャーの役割
リモートワーク下でのキャリアパス形成は、部下任せにするのではなく、マネージャーが積極的に関与することが重要です。
- 対話を通じた目標設定: 部下のWill(やりたいこと)、Can(できること)、Must(やるべきこと)を丁寧に聞き取り、会社の方向性と個人のキャリア志向を結びつける対話を重ねます。
- 具体的なキャリアパスの提示と選択肢の明示: 部署内や社内における様々なキャリアパスの可能性を示し、それぞれのパスに進むために必要なスキルや経験について具体的に情報提供します。
- 成長機会のマッチング: 部下のキャリア目標達成に繋がるようなプロジェクトや研修などの機会を見つけ、積極的にアサインを検討します。
- 定期的な進捗確認と軌道修正: 設定したキャリア目標や育成計画に対する進捗を定期的に確認し、必要に応じて計画の見直しや新たな支援策を検討します。
まとめ
リモートワークは、部下育成やキャリアパス形成において新たな課題を投げかけています。しかし、これらの課題は、対面での「何となく」の育成から脱却し、より計画的かつ意図的に個々の部下と向き合う絶好の機会と捉えることもできます。
定期的な1on1での丁寧な対話、成長要素を盛り込んだ目標設定、オンラインリソースや社内での知識共有の促進、そして挑戦的なアサインメントを通じて、リモート環境下でも部下の成長を力強く後押しすることは可能です。
部下一人ひとりの成長が、部門全体の生産性向上と組織の持続的な発展に繋がります。不確実な時代においても、リモートワークという新しい働き方を活かし、部下のキャリア支援に積極的に取り組んでいくことが、今後のマネジメントには不可欠であると言えるでしょう。